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(2000.7)
モノレール工事全盛期のJR千葉駅ビル&駅前のロータリーです。
昭和60年頃の様子ですが、この頃はまだモノレールは写真右手で軌道がとぎれており、その手前に仮駅舎の千葉駅を設けて暫定営業していました。
ロータリーは小さいながらも残ってはいましたが、路線バスのほとんどはこのロータリーからは追い出され、写真手前側に伸びる大通り沿いにバス停がずらりと並んでいました。
この写真は駅前にかかる歩道橋から撮ったものですが、ここからは千葉駅を出入りするバスをじっくりと観察できる絶好の場所でしたが、現在はこの歩道橋は取り壊され、地下に連絡通路・駐輪場が開設されています。
また、駅ビルの前にはモノレールの千葉駅がそびえ立ち、駅ビルの様子を窺うことはできなくなってしまいました。 |
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(2000.7)
(モノレール工事全盛期のJR千葉駅前のロータリー)ではなく、千葉駅ビルリニューアル改装直後の様子です。(過去のトップページと見比べてください)
昭和60年頃の様子ですが、この頃はまだモノレールは始まっておらず、駅前には広々としたロータリーがありました。
中央部はタクシープールで、周囲にバス停が並んでいました。今に比べてバス停やタクシー乗り場に屋根がなく、非常に開放的な雰囲気がありました。
ちなみにこの駅ビルは昭和40年代始め、千葉駅の移設(昔の駅舎は現市民会館付近にありました)と共にオープンしましたのでかなりの年数が経過しています。外見こそ今風になっていますが、建物そのものは昔のままなのです。 |
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(2000.7)
内房線夏ダイヤで活躍した「青い海」号のヘッドマークです。私が幼少の頃は、この外房線の「白い砂」号共々このようなヘッドマークを付けて走っていましたが、いつしかヘッドマークが無くなり、夏ダイヤも設定されなくなってしまいました。
千葉駅からの乗車では非常に混んで乗れず、一旦錦糸町まで戻って乗ったこともありました。今考えたら千葉始発の普通電車(その頃はチョコレート色の電車でした)で行っても時間に大差はなかった気もするんだけど・・・
(この写真は、幕張電車区の一般開放の日に記念に取り付けられていたものです、いつ頃だったか、時期は忘れてしまいました) |
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(2000.7)表紙の一枚(比較のために追加&アングルの違う写真にしました)
上の写真は千葉駅リニューアル前の千葉駅ビルです。まだ「ペリエ」という名もなく、高架下のショッピング街も写真左手の内房外房線側しかなく、右手成田線側は何もありませんでした。
なぜか駅名標の左手時計はデジタルで、その後のアナログ時計に比べ、何やら時代の逆行を感じるのは私だけかな?
(ちなみにこの写真は、当時の駅ビルの福引きで残念賞でもらったテッシュの裏紙をスキャナー撮りしたものです。よく取っておいたものだと我ながら感心・・・)
そして下の写真はリニューアル改装工事後の千葉駅です。
こうやって見比べると、建物の基本構造はほとんど変わっていないことがわかります。特に屋上の円形の建物は改装の手が回らなかったのでしょう、そのままです。(ちなみに現在でもこの円形の建物はそのままです、何に使っているのかはわかりませんが・・・)
写真右手にバス停がありますが、当時は3車線にバスが並び、道路を横断して乗車するようになっていました。 |
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(2000.8)
左の写真は国鉄千葉駅に停車中の急行「外房」号です。
昭和57年頃の撮影かと思われます。この頃、親から一眼レフカメラを買ってもらい、自転車で行ける千葉駅は当時格好の被写体でありました。時すでにブドウ色の旧国電や気動車達は千葉駅発の各路線からは撤退しており、車両的におもしろいモノはありませんでしたが、その中でもこれら急行電車郡はヘッドマークを掲げた「見せる」存在でした。
JRとなった今、この形式の車両はほとんど見ることはできなくなってしまいました。 |
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(2000.8)
派手な装飾で彩られ、一瞬花電車か?と疑いたくなりますが、このモノレールこそ、千葉都市モノレール開業初日の始発電車であります。
昭和63年3月28日、折しも春休みの最中で実家に帰省していた私は、自転車で千城台駅へ駆けつけたのでした。(確かどの駅より千城台始発電車が早かったので、わざわざ足を運んだと記憶しています)
駅ではサルをデザインしたキャラクターのシールを配布していましたが、それ以外目立ったようなイベントもなく、寂しい開業初日だったような気がします。 |
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(2000.8)写真上
国鉄千葉駅に停車中の両国行き内房号です。
以前、外房号をこのコーナーに出したことがありますが、同じ日に撮影したものです。
駅員のスタイルも国鉄時代と言うことで何やら懐かしさのような哀愁を感じます。
この電車、よく見ると同じ急行電車でも外房号と前面の塗り分けが異なっていますね。
隣に写っている総武線各駅停車は、当時まだ冷房車は少なく、首振りの扇風機が天井でうなっていました。
写真下
バスネタではないのですが、一応千葉の話題と言うことで・・・
11月に急行の復活運転が千葉県下のJR線で行われています。
第1弾は写真の通り急行「内房」号。
全車指定となっており、車掌も国鉄時代の制服をまとっています。赤い「車掌」の腕章が懐かしいですね。
JR千葉駅にて
平成14年11月撮影
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(2000.8)
113系電車で運行されていた「特快 エアポート成田」です。
特性のヘッドマークも誇らしげに成田エキスプレスの補完的な役割を果たしていました。
しかし、いつのまにか廃止され、現在は「通勤快速」と名を変えて、車両も次世代電車へバトンタッチされてしまいました。
(平成3年頃 成田駅にて撮影だったと思う・・・) |
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(2000.9)
初のパターン、郵便局の風景印(消印)です。
みつわ台団地内にある千葉みつわ台郵便局の絵柄は、近くにある動物公園の動物と、みつわ台団地の俯瞰図、そして街を貫くモノレール「タウンライナー」をデザインしています。
この動物園、開園当初は象もキリンもおらず、代議士のPR看板に「動物公園に象(サルだったかもしれない)とキリンを
呼びましょう」なんていうキャッチフレーズを掲げていたことがありました。 そんな「家畜動物園」も、現在では動物数も増え、隣接して遊園地も開園し、市民の憩いの場となっています。 |
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こちらはバスではありませんが・・・
富士急行線でおなじみのトーマスランド号。この7月からカラーリングも一新して登場しました。
キャラクターの種類が増え、カラーリングも側部はグラデーションが施されてカラフルになりました。
車内は特段変化はありませんが、シートモケットが橙色から他車両と同じローズ色となりました。
現在のところ、ダイヤ固定の上で運行されています。
写真上:田野倉駅にて
写真下: 大月駅にて
(デジカメによる撮影)
平成13年7月撮影
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千葉都市モノレールのラッピング車両です。
近頃流行のラッピングバスとは違い、車体側窓の下部分だけが広告スペースとなっています。
懸垂式モノレールゆえ、視界を妨げるモノがないため、結構目立ちますね。
この日も秋晴れの空の下を快走していました。
みつわ台団地にて 平成13年9月撮影
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富士急行線にこの夏登場した「冨士山ビール号」。河口湖駅を始発駅として大月まで往復する間、車内ビアガーデンが催される納涼電車です。
持ち込みも可能とのことで、今夏3日間程度の運行を予定しているようです。
但し、乗車駅が河口湖−東桂間に限定されるため、大月口の利用者は残念ながら利用しにくいですね。
車両はロングシート車が使われています。
大月駅にて 平成13年7月撮影
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こちらは、今夏で引退をするJR東日本のジョイフルトレイン「パノラマエクスプレスアルプス号」です。
その引退を前にいろんな企画が催されるようですが、8月の上旬の2日間、快速電車として富士急行線に入線したときの写真です。
普段4両が最長列車である富士急行に6両編成はなかなか圧巻でした。
と、いうことで9月に引退したこの編成、なんと富士急行の吉田駅近くの工場に入線している姿を目撃しました。(写真下)
目撃したのは2両ですが他車両は河口湖駅に留置されているとのことで、どうやらJR東日本から富士急行が購入し、検修・改造工事をしている模様です。3両×2連で特急に運用されるのか、はたまた6連で臨時や団体列車に供されるのか、JR東日本への逆乗り入れがあるのか否か、気になると共に今後が楽しみです。
(情報もお待ちしております)2001.10.22
その後12月9日に吉田へ出向いたところ、更新工事の終わった(と思われる)PEA編成が写真と同じ箇所に留置されていました。
カラーリングには変更はなく、吉田駅に貫通路車両を向けた3連となっていました。その貫通扉の下部には愛称表示灯と思われる窓が設けられていました。(写真は後日UPします)2001.12.12追記
写真上:上大月−田野倉間にて 平成13年8月撮影
写真下:富士吉田駅付近にて(電車内から撮影) 平成13年12月撮影 |
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バスとは関係ないのですが・・・
先日千葉へ出かけた際に、ちょっとしない中心部をぶらっとしてみました。
セントラルプラザ(通称センプラ)、閉鎖になったんですね。知らなかったです。
私が学生の頃、扇屋ジャスコ−セントラルプラザ−十字屋(古いか!?)−緑屋−パルコという並びは華やかで、特にパルコとセントラルプラザはどの曜日の午後、学生服のままチャリンコこいで遊びに行ったものでした。
このセントラルプラザの閉鎖の案内には「奈良屋」とありましたが、この建物って現在の千葉三越の先代・ニューナラヤと同じ「奈良屋」の所有なのでしょうか?
以前に比べ人通りが少なくなり、ちょっと寂しげな建物を前にしばし過去を思い出しつつたたずむ管理人でありました。
平成14年3月撮影
セントラルプラザ跡地に建設が進む高層マンション。いつしか建設が始まっていたのですね。
今はまだ基礎の段階で、高層化は進んでいませんが、いずれここに目もくらむような高さの建物がそびえるのでしょうね。
高層部の1プロアの一部でも展望ルームにならないかなぁ(笑)
平成18年12月撮影
千葉市の中心街にあったセントラルプラザ跡地に建設中の高層マンション。まだ土台基礎部分の工事のようで、柱などの高層建築物はまだお目見えしていませんでした。
個人的に興味があり、このマンションのモデルルーム(マンションギャラリー)に行ってみたのですが、ちょっと管理人のような者が購入できる代物ではないという感じがしました。その辺りは案内して頂いたセールスマンの方にもわかったようで、さりげない仕草や言葉にその感じが滲み出ていました。足元を見られた感じでしょうか?(笑)もっとも、自身本当に買う気持ちはなく興味だけで拝見させていただいたので当然と言えば当然なのかもしれません。
その後頻繁にダイレクトメールが届くのですが、そのすべてで名前が異なっているのは何故なのでしょうか?(笑)
千葉市内は千葉港付近も空前のマンション建設ラッシュが続いていますが、供給過剰にならないか個人的にはちょっと心配です。
千葉市中央区にて 平成19年7月撮影
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新しくなった富士急行の駅名標です。
以前の富士山に海抜を表記したモノトーン調のデザインから一転、何となくレトロなデザインとなりました。現在のところ写真の三つ峠、谷村町駅で確認しています。
いずれ、全ての駅に拡大されるのか、興味深いところです。
三つ峠駅にて
平成14年10月撮影
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(バスネタではないのですが)大月駅の富士急行連絡改札口に、JR東日本のスイカのチェックスタンドが設置され、2003/3/21より使用開始となった模様です。
これにより、スイカ所持者&富士急行線内切符を持っていれば、JR大月駅の改札口へ回ることなく乗換が出来るようになりました。
(このスタンドが設置されたと言うことは、自動改札化はまだまだ先なのでしょうね)
平成15年3月撮影
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中央線開業100周年(塩山〜甲府〜韮崎)のステッカーを掲げた豊田電車区所属の115系電車。この他にも100周年を記念した様々なイベントが企画されているようです。なお、松本電車区の長野色115系にはこのステッカーは貼られていないようです。
大月駅にて 平成15年5月撮影
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中央線201系電車に登場した広告電車。
窓下のスペースを使って1車両あたり4枚貼られています。
今後増えていくのでしょうか?
写真をクリックすると違う画像がご覧頂けます。
豊田電車区所属(10両貫通編成のため、五日市線や青梅線青梅以遠、富士急線には入線しません)
※掲出は2003年6月中のみで、現在は終了したようです。 |
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7月12日に運転された「懐かしの急行かいじ号」。
湘南色の6両編成の電車で新宿〜甲府間を往復しました。
沿線、各駅にはカメラを構えた多くのファンで賑わっていました。
写真は大月駅に到着した甲府行きです。
座席は満席と聞いていましたが、そんなに混んでいるような感じはしませんでした。
また、駅の案内表示は愛称名は表示されず、ただの「急行」表示となっていました。
大月駅にて 平成15年7月12日撮影
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こちらは翌13日に運転された「懐かしの急行かわぐち」
地元田野倉駅にて撮影しましたが、こちらはけっこう賑わっていました。
タクシーで乗り付けた報道の方もいらっしゃって、待合いで手持ちぶさたのタクシーの運転手さんと話したり・・・
下り列車の撮影でしたが、田野倉駅は12:33着でした。
当駅特急交換のため4分の運転停車があり、このように人が入らないスッキリとした写真が撮れました。
でも6両編成だとこのようにホームに入りきれないばかりか分岐線にまで車両がはみ出してしまいます。
このため、当駅交換の特急列車は、フジサン特急ではなく、従来車2両編成による運行に変更されたそうです。
(田野倉駅駅員さんからの話)
ちなみに写真に写っている女性の方(後ろ姿ですが)が田野倉駅の駅員さんです。
田野倉駅にて 平成15年7月13日撮影
(ヘッドマーク拡大写真は別の場所で撮影)
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そこが知りたい
各駅停車路線バスの旅の中から
(再生VTRをデジカメ撮影したので
お見苦しい点はご容赦下さい)
各写真クリックすると拡大します
墓地の上方からの写真です
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薬袋美穂子さんを悼む
フリーアナウンサーの薬袋 美穂子(みない みほこ)さんが、平成15年9月13日、
がんにより逝去したとのことです。
享年45歳、あまりに早すぎる死に正直ショックを受けました。
皆さんは薬袋美穂子さんをご存知ですか?
1980年代、TBS系のTV番組「そこが知りたい」で「各駅停車!路線バスの旅」に出演、
生島アナウンサーや鈴木正幸さん(金八先生の大森巡査役と言ったほうがわかるかな?)、
温泉評論家の美坂哲男さんらと一緒に全国各地を旅して回っていました。
その中でも特に印象に残る回が、北海道の渡島半島の西海岸を巡る路線バスの旅でした。
取材の後、大地震がこの地区を襲い、奥尻島では津波による大きな被害を受けました。
取材をした地区も津波が襲い、取材に応じてくれた幼い子供が、
その津波の犠牲となられたのです。
被害者の気持ちを考え、放送は中止も検討されたそうですが、
生命・財産までもが全て失った今、逆に残されたのはこの番組だけなので
是非放送して欲しいという要望があり、放送されました。
この回は正直私も涙してしまったのを覚えています。
気取らない気さくな性格で、地元の方と触れ合う楽しさを伝えてくれた薬袋さん、
ご冥福をお祈り致します。
平成15年9月・記
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※追記:その後知ったことなのですが、この各駅停車路線バスの旅に出演していた美坂哲男氏も平成15年4月30日に亡くなられたそうです。
温泉評論家でもあったので、この旅の途中でも着々と入湯記録を更新し、そして越中ふんどしを愛用、テレビでも度々ふんどし姿を疲労していました。
薬袋さんや鈴木正幸さんと息のあった楽しい旅行をしていた美坂さん、
ご冥福をお祈り致します。
平成16年9月・記
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薬袋さんの菩提寺は山梨県にあるとの情報を得ましたので、その情報をもとに
先日そのお寺に行き、お墓参りをさせていただきました。
お墓は甲府の街をわずかに見下ろす写真のような斜面の墓地の一角にありました。
大変立派なお墓でした。
改めて薬袋さんのご冥福をお祈りする次第です。
※なお、関係各所の了解を得ていないこと、ご迷惑をお掛けすることになるかもしれませんので
お寺の名前や詳しい場所の公表は控えさせて頂きました。
平成17年3月・記
何気なく入った裏路地にある一軒のラーメン屋さん。
八王子ラーメンの中ではかなり有名なお店のようですが、管理人にとっては初めての入店でした。
カウンターに腰掛け見上げてみると、そのにはちょっと黄ばんだ色紙が数枚掲げられています。
その中に・・・薬袋さんが出演していた路線バスの旅の色紙が掲げられていました。
1991年と言えば、管理人が就職した年・・・16年の歳月が流れています。
この色紙を書いた薬袋さんもそうですが、温泉好きの美坂さんも既に他界・・・
月日の経過を感じながらあつあつのラーメンを賞味させていただきました。
美坂さんのサインはいかにも温泉好き!って感じがしますね。
このサインを書かれたシリーズ作、もしかしたらビデオに撮ってあったかも・・・
実家で探してみようかな・・・
(写真をクリックすると拡大表示されます)
平成19年8月撮影
東京都八王子市内にて
平成19年8月・記
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この写真は総武線稲毛駅の駅名標です。
JR化以降、JR東日本オリジナルの駅名標にほとんどが変わった今でも、
まだ国鉄タイプの駅名標が残っていたので思わずシャッターを切りました。
おそらく稲毛駅が高架・複々線化されたときからずっと使われているものと推測されます。
幼い頃、千葉〜東京間の駅名標に快速停車のホームには赤字で
「快速 RAPID SERVICE」
と書かれていたのを目にして、ちょっとだけ優越感を感じていました。
平成16年12月撮影
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トーマスランド号として活躍している富士急行5000系。
先日乗車したところ、なんと車内乗降ドア上方に、
写真のような液晶ディスプレイが装着されていました。
併せて車内放送も自動化、女性アナウンスの声で案内し、
かつ英語放送も入っていました。
液晶ディスプレイでは次駅案内、行先案内のほか、
沿線の見所、フジサン特急の停車駅なども案内していました。
また、ドア開閉の際にはチャイムも鳴るようになりました。
なお、液晶ディスプレイは各ドア片側のみの配置となっています。
富士急行5000系車内にて 平成17年11月撮影
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イトーヨーカドーのマークが隠されています
↓
新しくQ-STAのロゴが入った
富士急行・富士吉田ターミナルビル。
以前のイトーヨーカドーから
専門店主体の店舗構成に変わりました。
以前からのテナントも入っていますが、
大半は新しい店舗となっています。
オープン当初はかなり賑わっていましたが、
現在は落ち着いているようです。
平成18年6月撮影
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富士吉田駅近況(2006.2)2006.4追記
駅ビルの核店舗として入っていた
イトーヨーカドーですが、
昨年末で閉店後、フロアの
改装工事が行われています。
専門店として入っていたショップや
病院は通常通り営業していますが、
ほとんどのフロアが閉鎖されており、
寂しさは隠せません。
3月には専門店街としての
リニューアルオープンが予定されていますが、
全てのフロアが埋まるのかはわかりません。
なお、これに伴い、駅裏手(南側)に
大きく広がる駅ビル駐車場は閉鎖されています。
(分散配置されている小規模な駐車場は
利用できます)
一方表側のバスターミナルですが、
北側のバス駐車スペースが
現在工事中となっています。
おそらく盛土をして駐車スペースを
広げるものと推察されます。
このため一部のバスは近隣の
国道沿いの空き地に止められています。
※なお、ターミナルビルは3月末にリニューアルオープンし、名前はキュースタとなりました。
北側の工事していた区画はキュースタの駐車場とナリ、南側の元駐車スペースは閉鎖されたままとなっています。
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甲府駅バス停カラー表示化
バス停の乗場表示がカラー化された
甲府駅南口のバスターミナル。
写真のように乗場別に色付きの表示となりました。
4月からバス路線図の配布も始まったとのことで
(平成18年4月付山梨日日新聞報道)
どのようなものか期待して伺ったのですが、
山梨交通窓口、甲府駅観光案内所(コンコース脇)
共に配布終了在庫切れとのことで人気が高いようです。
(増刷を依頼しているとのことですが、
いつ入荷になるかは不明だそうです)
平成18年4月撮影
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ホリデー快速河口湖号は、新宿発と大宮発の2本がありますが、
このたび大宮発の車両に彩野編成が使われるようになりました。
併せて専用のヘッドマークの掲示と、側面の表示幕の仕様も変更されています。
このカラーの編成が、富士急行線内に入るのは初めてかもしれませんね。
秋口の紅葉シーズンにはぴったりのカラーですね。
富士急行線 赤坂−禾生間にて(上り大宮行きを背後より撮影)
平成18年7月撮影
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ホリデー快速河口湖号、あさまカラーで運転!(2006.10)
普段はあずさ色の189系で運行されるホリデー快速河口湖号ですが、
この日は珍しくあさま色の189系で運行されていました。
イレギュラーな運用だったのでしょうか、正面は絵入りではなく、ノーマルな「快速」表示でした。
富士急行線:上大月〜田野倉間にて 平成18年10月撮影
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バスネタではないのですが・・・
先日金曜日(H18.10.20)に発生した障害事故の記事。この記事には書いていませんが、別の記事では列車愛称版を損傷したとの記述がありました。ちなみに翌日新宿駅で何気なく見たあずさ号・・・なんと先頭部愛称版が損傷していました。とりあえずガムテープで応急処置を施したようですが、残念ながら愛称名を確認するのには難があるようでした。ちなみに10/23には今度は人身事故で正面運転席ガラスが損傷したとあるのですが、やはり同じ状況になったのでしょうか?
JR新宿駅にて 平成18年10月撮影
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【写真1】
【写真2】
【写真3】
【写真4】
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富士急行に赤い電車登場!(2006.10)
平成18年9月、富士急行の主力電車1000系に赤いラッピングを施された編成が登場しました。
スイスの登山鉄道との姉妹鉄道15周年を記念したもので、
スイスの電車と同じカラーにラッピングされています。現在のところ1編成が活躍しています。
基本的には2両編成での活躍ですが、時間帯によって写真のような一般塗色の混結編成も見られます。
ラッピング化された編成ですが、クロスシート車のようです。
いずれも平成18年10月撮影
禾生〜田野倉間にて【写真1】
赤坂〜禾生間:宝寿院踏切にて【写真2】【写真3】
よく見るとこの電車、ラッピングではなく塗り替えが行われた模様です。
また、それに合わせてマッターホルン号のプレート(ペイント表記)を側面に取り付け(今までは1201+1301の編成にのみエンブレムタイプ取付)されましたが、側面幕板部の車番の切文字は撤去され、代わりに車体後部妻面にペイント表記されています。このため、ちょっと見た感じでは車両番号はわかりにくいですね。
河口湖駅構内にて(富士急行イベント開催時に承認を得て線路上から撮影) 平成18年10月撮影
1205+1305【写真4】
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新しいタイプの行先表示器
富士急行電車の側面に設置された新しいタイプの行先表示器
2列になっており、上段は白色高輝度LEDで行き先を、下段は赤色LEDを細かく配列しスクロール表示させていました。
高輝度LEDは確かに見やすいのですが、このタイプの場合、LEDの埋め込みを限定しているため、大月or河口湖しか表示ができません。
少なからず東桂行きや臨時等で富士吉田行きもあるかと思うのですが、その場合はどのように対応しているのでしょうか?
ちょっと気になりますね。
河口湖駅構内にて 平成18年10月撮影
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JR千葉駅からまっすぐ伸びる大通り。この両側の歩道には花で飾られたオブジェが展示されています。フラワープロムナードと名づけられ、5?6月の間開催されていました。
千葉市内の小学校ごとにいろんな形のオブジェ、大作から小粒だけど粋な作品まで、目を楽しませてくれます。
管理人出身の小学校、市内で転校したため2校あるのですが、1校は見つかりましたが1校は見つかりませんでした。
千葉市中央区にて 平成19年5月撮影
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